未来はこの手の中に

君がステージに立ってくれる限り

わたしのあおはる

 

わたしがジャニーズを知ったのは生田斗真くん。ジャニーズだから好きになった、ではなく生田斗真くん個人をだいすきになった。さいしょは斗真くんがジャニーズだってことすら知らなくて。しりたいが募っていくうちに斗真くんがジャニーズとしていばらの道をあゆんでるということを知った。

 

ジャニーズとして歌をだしてデビューするというのがステータスの中で舞台にいきる人たちにあこがれた斗真くん。そんなところがだいすきで。"ジャニーズの異端児"このことばを好きになった当初はほめことばでしかないと思ってて。でもこのことばを受けいれるまでには悔しさ、やり切れなさ、かっとうがあったんだろうなとジュニアを好きになってから思うようになった。それでもこのことばを受けいれたつよさが今もだいすき。いま斗真くん自身が花開きはじめたときの年齢とかさなってきてなおさら斗真くんのつよさをかんじます。

私にとって斗真くんはあおはるの人で。斗真くんをあこがれる気持ちが私のあおはるの景色とかさなって思いだされる。きっとずーっと、とくべつな人。あした学校いきたくないな、っておもったとき斗真くんの笑顔をおもいだして学校いってたな。リレーなんてだいっきらいだったけどゴールに斗真くんがいるとおもったらいつもよりはやく走れたな。(ちょっときもい、ごめん笑)はじめて舞台にあしをふみいれたのも勿論斗真くんの舞台だよ。もっとはやくに生まれたかったな、もっとはやくに斗真くんを知りたかったな、なんてもどかしい気持ちをおぼえたのも斗真くんのせいなんだからねっ。すきだよぅ。えいえんに憧れのひとだよぅ。いまごろ年の差映画なんてやっちゃってさっ。わたしは10年前から斗真くんに好きになってもいいですか?って問いつづけてるよぅ。(いよいよアウト感)斗真くんは私にたくさんのはじめてをくれたひと。斗真くんがいたから、斗真くんに憧れることができたから私いまこんなにたのしくすごしてるよ。ほんとにほんとにそうなんだよ。

 

斗真くんはくやしいをだきしめられるひと。きのうまでとなりでおどってた仲間の後ろでおどるきょうのくやしさを抱きしめ「斗真、ありがとう、ごめんな」を真正面からうけいれたひと。めをそむけず向きあったひと。

 

 

斗真くんは孤高のジャニーズといわれることもある。でも斗真くんはけっして自ら孤高をえらんだわけじゃない。MAINとしてまつじゅん、にの、あいばちゃんと活動しててそれがずっとつづくとおもってて。部活のように毎日がたのしくて、いつかは、っておもってたはずなの。でも斗真くんはハワイに行かなかった、行けなかった。そのときのきもちを斗真くんはあまり明かさない。だからわたしも今だにそのとき斗真くんがかなしかったのか悔しかったのかむなしかったのかわからない。きっとこれから先も斗真くんがこのきもちを語ることはないんじゃないかとぼんやりおもう。それでいいんだ。嵐としてデビューしてたらやまとまという永遠に未完で美しいシンメはうまれなかった。幸運にも皮肉にも。

4TOPSというグループになり4人で天下をとります!っておちゃらけてるように本気でいってた斗真くんが少クラの前説で「ぼくたちはジュニア4人のトップメンバーがあつまったときに呼ぶ総称です」とグループではないと宣言したとき。どんなきもちだったのか、私は想像するだけで苦しくなるけど苦しくなるこのきもちが当時の斗真くんのきもちと重なってるのかなんてわからない。

 せいしゅんをすごした4人のちょうてんを信じてたなか不安気にきかんげんていユニットに行くなかまに「行ってこいよ、まってるから。」っておくりだした斗真くん。それから隣にならんで歌うまでには7年ものじかんを要したけれど、あのときのえがおは忘れられないよ。ずっとその手をはなさないで、ってつよくつよくおもったよ。きょうも月が綺麗ですね。

4TOPSとしてデビューしてほしかったなぁとときどき、ほんのすこし、ひっそりと夢みてしまうこともあるけれど社長が「4人はそれぞれのトップになるんだよ」という言葉がいまもつづいているのは皮肉にもすごいなとおもってしまうんだ。

でも斗真くんは飲み会がおわったあともあと1軒!とか新幹線でひとりのとき舞台のめんばーに「ひとりだよー」なんて写メおくっちゃうかまってちゃんでさ、一人が好きじゃない人なんだよ。そんな斗真くんから孤高のジャニーズという肩書がうまれるなんておもわなかっただろうなぁ。でもね、斗真くんは孤高なんかじゃないの。土竜の唄でエイトと主題歌で共演してFNSで一緒のステージでうたっておどった。よことまるちゃんがものすごくニコニコして斗真くんの手をひいてステージにつれてって全員がこれでもかってくらいうれしそうに斗真くんを迎えいれててね、はじける笑顔で顔をみあわせてるみんなを見てたらあぁ流れた時間なんてかんけいないんだなって、ほんっとうに思ったんだよ。

V6の20周年コンサートでにのが「ぼくらV6チルドレンなんで」って言うときすこし後ろにいた斗真くんの肩をごく自然と抱いていってて。それがにのの無意識だったのか意識的だったのかは私にはわからなかったけれど、どちらにしても嵐のみんなのせいしゅんの中にまちがいなく斗真くんはいたんだろうなってかんじられたの。

嵐や関ジャニのみんなが斗真くんを忘れなかったというのもめちゃくちゃあるけど何よりも斗真くんがどんな時もなかまであると言うことを諦めなかったからこそみんなが斗真、斗真!って言ってくれるんだろうなとおもう。みんながグループという場所をみつけていくなかで自分だけが孤独にかんじてしまうときがきっとあったはず。そんなときに投げやるでもなく怒るでもなくふてくされるでもなく、諦めなかったからこそ今みんなが斗真くんに優しい笑顔で微笑んでくれるんだろうな、と。それは斗真くんのゆるぎない強さなんです。

やめることってすごくかんたん、楽になれる。諦めないことってすごく難しくて、苦しい。みじめになるときもある。わたしは一度たりともおもったことはないけれど斗真くんはいちどだけテレビで「ぼくは選ばれなかったおちこぼれなんで」ってこぼしたことがある。…おちこぼれ。もしかしたらずっとおもってたのかな。テレビでも雑誌でもブログでも弱音はほとんど吐かない斗真くん。そんな斗真くんの強いところがすきだけどたまには弱さをみせてよ、っておもう。たまに弱音や昔のくやしい気持ちをしゃべっているとホッとするときがある。

本心はときどき見えたらいいほうな斗真くんが自分のドラマの主題歌を嵐がうたったときや関ジャニ∞の番組に出たときに嬉しさをあらわにブログを書いてたときはものすごく嬉しかったな。しっぽをブンブンふるワンちゃんみたいにその時間を「ご褒美」とたとえる斗真くんをまた1つすきだっておもった。

 

結果論だけど、斗真くんは最終的にどこのグループにも属さなかったからこそメンバーとのバランスとかキャラとかを考えずに生田斗真として伸び伸びとできただろうし、グループのへだたりなく今もみんなと青春のなかまとして接することができるんだとおもうんだ。たくさん遠回りをしてみんなと再会できたからこそみんなとわだかまりなくたっぷり愛されることができたんじゃないかなって。そんな斗真くんを昔も今も心からそんけいしてるんだ。いつも私の軸であってくれてありがとう。

 

そんな斗真くんにあこがれる後輩はいっぱいいて。そりゃあ憧れるよね、かっこいいよね。

斗真くんは「若い子たちがジャニーズっぽくないねって言われるのを喜んでるのをみてそんな言葉で喜ぶなよって思うんだ」と言ってた(かなりニュアンスね)それはジャニーズだからこそできる事がたくさんあるから。ジャニーズの異端児と言われ、だれよりもジャニーズと遠い存在と思われがちな斗真くんだけど何よりもジャニーズとして誇りをもってお仕事してるんだ。ジャニーズがすっっっごく大好きな人なんだ。

「僕が作品にかかわることで若い人たちにもたくさんの世界を知ってもらえたら、僕が架け橋になれたら」って言ってたこともあった。(これもニュアンスね、架け橋って言葉を印象的におぼえてる)私自身斗真くんが関わらなければ人間失格もミゼラブルもハムレットも知ることがなかっただろうな。難しいとおもって敬遠しちゃう。斗真くんのおかげでたくさんの世界をまなんでるよ。まだわかーい学生だった私には難しい作品もいくつかあったけど人生経験つんだおとなになってからふと思いだすんだろうな。その時にきっとまた斗真くんのすごさに圧倒されるんだろうな。

 

むかしもいまもずーっとだいすきで憧れで尊敬するひと。わたしじしんのあおはるを重ねてすきだったのは斗真くんだけなんだ。ずっとありがとう、これからもだいすきだよ。